旅や日々の暮らしをとおして考えたこと

産後1年8ヶ月ぶりに24時間の自由時間(ホテル1泊朝食付)を手に入れた話

いきなり自慢話で恐縮だが、夫から最高に嬉しいプレゼントをもらった。「24時間のおひとり様時間、ホテル1泊朝食付き」だ。

息子が生まれてから1年8ヶ月ちょっと、日数にして623日、毎日毎晩子供の世話をし続けてきたが、ついに丸1日ひとりで自由に過ごせる権利を手に入れたのだ。気持ちの悪い例えだが、新卒入社したブラック企業を辞めた時のような開放感だ。

一応弁解しておくが、家族みな健康で、それなりに平和で恵まれた環境に暮らせたからこそ、息子と1日も離れることなくいられたのであって、この幸福で平凡な日常に感謝はしている。とは言え、毎晩息子と一つ屋根の下で寝て、起きて、オムツを替え、ご飯を食べさせ、公園へ行き、という輪廻から解脱できることは、かなり嬉しい。

せっかくなので、どこへ泊まるか真剣に悩んだ。まだ行ったことがない新しいホテルも良いし、温泉旅館も捨てがたい。しかし、結局は一人きりで知らない宿に泊まることが億劫に感じられ、これまで何度も泊まったことがある横浜の「ホテルニューグランド」を選んだ。

息子が生まれて以来、いつも、どこへ行くにも彼と一緒だったから、ひとりでお出掛けする自分の姿がうまく思い描けなくなってしまった。「子供と一緒なら地球上のどこへだって行ける」という根拠のない謎の自信はついたものの、ひとりでブルックリンの民泊に泊まり、ウーバーの相乗りで移動していた私はどこへ消えてしまったのか。

そんなわけで、日曜の朝から月曜の朝にかけて、私は横浜へ出かけることになった。夫と息子は自宅でお留守番だ。

おひとり様レストランは退屈!?

まずは静かな店でゆっくりと食事したかった。これまでも、息子を連れてしばしば外食していたが、店での滞在時間は20〜30分が限界だった。お客が少ない時間帯を狙ってサッと入店し、早く出てきそうなメニューを注文。食べ終わったらあっという間に立ち去る。だから、たまにはコース料理なんか頼んで、のんびり外食を楽しんでみたいと考えていたのだ。

宿泊先ホテルのイタリアンレストランで、軽めのコースをオーダーした。ランチの構成は、サラダ、前菜、パスタ、デザート。それぞれの皿が出てくるまでの間、そこそこの待ち時間が発生する。

中庭に面した席であれば、庭の噴水をただただ眺めていれば良いのだが、今回は壁側のテーブルで、しかも壁に向かって座ってしまった。新型コロナ対策で、席が不思議な配置になっているのだ。そういうわけだから、料理を待つ間、ひとりでどう過ごせば良いか分からず、ひたすらパンをかじっていた。

子供と外食する時は、料理や飲み物をこぼさないかとか、騒がないかとか、常に神経を尖らせているので、食事中に所在なさに悩まされることを随分と新鮮に感じた。

軽めのコースのはずが、お代わりのパンまで食べてしまい、お腹ポンポンでレストランを後にした。荷物を預かってもらおうとフロントに立ち寄ると、まだ昼過ぎだったのにチェックインさせてもらえた。

懐かしいお部屋に帰る。

このホテルには毎年のように泊まりに来ていたが、今回案内された部屋は、初めて来た時とまったく同じ内装の「リニューアル前の部屋」だった。最近は新しい内装の部屋にしか泊まってなかったので、この部屋に入った途端、数年前、まだお母さんになる前の自分が戻ってきたように感じた。

早々に部屋に入れたので、食後の午睡を楽しむことにした。そろそろ育休に入って2年近く経つが、毎日の昼寝がすっかりクセになってしまっている。

小さな子供がいる母親は、ヒマだから昼寝をするわけではない。毎朝の公園通いが肉体面・精神面共にとんでもなくハードなのだ。

砂ぼこりにまみれながら子供に付いてまわり、吸い殻やゴミを口に入れるのを阻止し、帰りたくないと駄々をこねるのをあの手この手でなだめ、車に轢かれないよう安全に自宅まで連れ帰らなければならない。時間帯によっては、近隣の保育園のお散歩とかち合ってしまい、公園が大混雑するので、その辺の配慮も必要だ。

知力・体力の両方を激しく消耗して帰宅すると、子供の昼食を作って食べさせ、オムツを替え、昼寝の寝かしつけ。その後、新型コロナ対策でほぼ毎日在宅勤務な夫と自分の分の昼食を用意する。

うちの息子は2時間くらい昼寝するので、この間に自分の好きなことをして有益に過ごしたいとは思うのだが、とにかく寝ないともたない。朝ドラの再放送を観る余裕もないくらい、疲れ果てているのだ。

そんなわけだから、毎日の昼寝が欠かせなくなってしまった。最近は夫が子供に昼食を食べさせたり、寝かしつけたりしてくれているので、少し余裕が出てきたのがせめてもの救いだ。

ホテルでの優雅な昼寝から目覚めると、山手の大佛次郎記念館へ歩いて行った。横浜が生んだこの大作家の小説を、1冊も読んだことは無いのだが、ひとつくらい観光地らしい場所に行っておけば、旅行気分を味わえる気がしたのだ。

大佛次郎記念館は港の見える丘公園の中にあり、周辺には横浜気象台や、古い洋館などがある。天気が良ければ気持ち良い場所だが、この日は冬のどんよりした空模様で人出もまばら。外国人墓地も寂しげな雰囲気だった。早々に山手を後にした。

元町商店街で本屋に寄ろうとしたが、外出中との貼り紙が出ていた。中華街をぷらぷらと歩いて部屋へ戻った。

行きたいこと、やりたいこと、たくさんあり過ぎて追いつけない。

ランチで炭水化物をたっぷり摂取したので、夕飯はどうでもよくなっていた。本当は、お茶の時間にホテルのラウンジでケーキを食べたかったし、夕食は中華街で蒸し餃子など食べたいと思っていたのに、食べたい物や行きたい店の数に対して、体力と胃の容量が足りなすぎた。

本屋の当てが外れたので、部屋で読むものも無い。コンビニで調達した雑誌を開いたものの、雑誌を買うことが久しぶり過ぎてどれを買うべきか分からず、アラフィフ向けファッション誌を買っていた。

バスタブにお湯をためて、お風呂に入った。買って来た入浴剤を入れてみたら、信じられないくらいポカポカに身体が温まった。入浴剤ってこんなに効くのか。家じゃ子供がお風呂のお湯を飲んでしまうから、入浴剤を使うのは相当久しぶりだ。色々なことが久しぶりで、やたら戸惑ったり感動したりする。

お風呂に入ると、夕食を食べに外出するのがますます億劫になり、ルームサービスを頼むことにした。ハイカラ系ホテルなので、カレーやドリアのような洋食がウリなのに、天ざるそばをオーダー。とろけるような横浜の夜景を眺めながら、パジャマ姿で蕎麦をすすった。自由な時間が出来たらやりたいことは沢山あったのに、結局いまの自分が一番望んでいることは、こうしてだらだらのんびり休むことだったんだという納得感が、蕎麦と共にお腹にすとんと落ちていった。

気付いたら夜中の0時前だった。ホテルの西側にはみなとみらいが見渡せて、観覧車の明かりが点滅していた。この観覧車は時計機能を備えており、光の点滅が秒数を刻んでいる。ふと「0時ちょうどになったらどうなるのだろう」と疑問に思い、窓に張り付いて眺めていた。

0時になった瞬間、観覧車のライトはロウソクの火のようにフッと消え去り、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、ぽっかりと真っ暗な闇になった。

最近、息子が夜泣きすることはほとんど無くなったが、それでも寝返りの物音や寝言が気になって、私は夜中なんども目を覚ましてしていた。だから、何も心配することなく朝まで眠れたのは、息子が生まれて以来、この夜が初めて。つまり623日ぶりだった。映画で探検隊が「今夜は交代で見張りをしよう」とか言うシーンがあるが、自分は六百二十三夜ずっと、見張り役に立ち続けている気分だった。お母さんにだって、ぐっすりと眠れる夜が必要だった。

また、今日から頑張ろうと思えるきっかけ。

翌朝、帰る支度を済ませてから、朝食会場のメインダイニングへ向かった。月曜日の朝は空いていて、海が見える窓側の席を案内してもらえた。

いつも自分で朝食を用意していると、たまに自分以外の人間が作った朝ご飯を食べられることが嬉しくて仕方がない。しかも、窓の外には横浜港が広がり、焼きたてのパンと、キレイな正方形のバターが揃っている。カップの紅茶が無くなれば、お願いしなくてもお代わりを注いでくれる。家族で囲む朝食も幸せだけれど、こんなお嬢様みたいな朝を過ごせたら、また今日から頑張れる気がしてくる。

24時間の自由時間は長いようであっという間だったけれど、それは休む側の人間の感じ方で、留守番していた夫にとっては大変な長丁場だったようだ。

自宅最寄駅から早足で帰宅し、「メロスはここにいる!」と言わんかのような勢いで玄関を開けると、息子はおもちゃが散乱するリビングでテレビを観ていた。夫は優しいので「大変だった」とは決して言わなかったが、今まで口にしなかった「ワンオペ育児」なんて言葉を使うようになったので、色々と思うところもあったのだろう。

欲を言うなら、次は48時間くらい休みが欲しいところだが、言い出すとキリがないし、あまりに長いと今度は私が、息子と夫に会えなくて寂しくなってしまうかも。

 

どんなに幸せでも、子育てに終わりがあると知っていても、ゴールが近くに見えない時は不安だし、息切れしてくる。

そういう状態を長いこと我慢し続けると、我慢していることが普通になって、「子供のために自分のことを顧みずに尽くす私」に陶酔する母親になってしまうんじゃないだろうか。そういうのは、自分にとっても子供にとっても、重たくて良くないと思う。

今回良いタイミングで、お母さんとしての日常に24時間の切れ間をくれた夫には本当に感謝している。あわよくば、半年に1回くらいのペースで、ひとりになれる休暇をプレゼントしてもらえることを期待している。

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