鎌倉の観光スポット

鎌倉殿の13人ゆかりの地〜北条義時と源頼朝の墓に子連れで行けるか検証してみた

2022年のNHK大河、まだ放送始まってないけど聖地巡礼してきた

2022年放送予定のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。放送開始が楽しみ過ぎて、早々に鎌倉へ聖地巡礼に行ってきました。

今回行ってきたのは小栗旬さんが演じる予定の主人公・北条 義時(ほうじょう よしとき)の墓と、大泉洋さんが演じる予定の源 頼朝の墓

鶴岡八幡宮のすぐそば、二人の墓は約100メートルしか離れていない場所にあります。どちらも急な階段を登った場所にあるため、いつも一緒に鎌倉をお散歩している1歳の息子はパパと自宅で留守番してもらい、私1人でお参りに行ってきました。

子連れ・赤ちゃん連れでも行ける場所なのか検証してみましたので、お子さんとの鎌倉旅行の参考にしていただければと思います。

●この記事は2020年11月時点での情報です。

●『鎌倉殿の13人』大河ドラマ館に関する記事を読む

●主人公・北条義時ゆかりのお寺!鎌倉の覚園寺へ子連れで行ってみたレポートもオススメです。

北条義時の墓は跡地だけ。墓石はない。

まずは主人公で鎌倉幕府第2代執権の「北条義時のお墓(北条義時法華堂跡)」について。

場所は、鶴岡八幡宮の東側、横浜国立大学付属鎌倉中学があるあたりです。鶴岡八幡宮(東鳥居)から650m、鎌倉駅東口からは1.5kmの距離。

このエリアは、かつて源頼朝が建てた御所(幕府政治の中心地)の西側に位置します。御所を取り囲む四方の門のひとつ「西御門」(にしみかど)の名が、そのまま町名として残っています。

観光スポットとして有名な「源頼朝の墓」から100メートルほど住宅街の細い道を歩いた場所に、北条義時の墓(北条義時法華堂跡)の入口の階段があります。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

北条義時の墓へと続く階段。うっそうとした木々に覆われている。

場所自体は、源頼朝の墓のすぐそばですし、標識も出ていて分かりやすいのですが、入口は「まじかよ」ってくらい、うっそうと木々に囲まれており、階段自体も落ち葉だらけ。季節にもよるとは思いますが、気を付けて登らないと、落ち葉でツルッと滑り落ちそうです。(追記:その後、階段に手すりが取り付けられたそうです。)

入口には、長州藩の毛利氏の家紋が入った、比較的新しい石灯籠があります。この場所は毛利氏とも縁が深い場所なのだとか。これについては後ほど紹介します。

階段を登った先は、40m×40mほどの平場になっています。墓石や石碑などはありません。鎌倉市教育委員会が設置した案内板「国指定史跡 法華堂跡(北条義時墓)」があるのみです。

法華堂(ほっけどう)というと、日本史の教科書に登場する「奈良の東大寺の三月堂」がぼんやり思い浮かびますが、ここの法華堂は身分の高い人のお墓、墳墓堂、霊廟のことを指すそうです。

歴史書『吾妻鏡』には、北条義時が1224年に62歳で亡くなった際、源頼朝の法華堂(つまり頼朝の墓)の東の山に、義時の法華堂が建てられたことが記録されています。

北条義時の法華堂は鎌倉時代の終わり頃には途絶えたとみられています。2005年に行われた発掘調査で、この場所に8.4m四方の正方形の建物跡が発見され、『吾妻鏡』の記述が裏付けられたそうです。

ちなみに、静岡県伊豆の国市の北條寺(義時が創建した寺)にも、北条義時の墓があります。

北条義時以外にも、大河に登場する武将の墓がある。

法華堂跡地の奥には石の鳥居があり、その先にはさらに上へと続く階段が2本並んでいます。下の階段よりも落ち葉の積もり具合が数段UP。スリップ注意です。

この上には、よく似た3つの岩の洞窟が並んでおり、左から、毛利(大江) 季光、大江 広元、島津 忠久の墓とされています。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

毛利季光、大江広元、島津忠久の墓が並ぶ。

大江 広元は、『鎌倉殿の13人』で栗原英雄さんが演じる予定の人物です。鎌倉幕府の行政長官として、頼朝を補佐しました。

その大江広元の子が毛利 季光(すえみつ)で、のちの戦国時代に中国地方の覇者となる毛利元就はその子孫です。このご縁から、入口の階段下には、のちの時代に長州藩士が納めた石灯籠があるのです。

島津 忠久は、平安末期から鎌倉時代前期にかけての武将。年代が被っているので、『鎌倉殿の13人』に登場するかもしれません。鹿児島の薩摩藩の島津氏の祖で、頼朝の側室の子だったとの説があります。

平成17年の発掘で、この場所が北条義時の法華堂跡だと分かったことから、この山林一帯は島津家・毛利家から鎌倉市へ寄贈され、国指定史跡となりました。

私は普段、息子(1歳)を連れて鎌倉をあちこち歩いて回っているのですが、今回1人で来てみた結果、この場所へ小さな子供を連れて来るのは厳しいと思いました。階段の落ち葉がツルツル過ぎるうえに、手すりなどもないので、抱っこで登り降りするのはかなり危険だからです。

かと言って、大人ひとりで来るにしても、ちょっと怖い場所だなと思いました。鎌倉は「やぐら」と呼ばれる中世の横穴式のお墓があちこちにあるのですが、ここにもその「やぐら」があるんです。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

三浦泰村一族の墓と言われるやぐら。

このやぐらは、三浦泰村(『鎌倉殿の13人』で山本耕史さん演じる三浦義村の、子供にあたる人物)一族の墓と言われています。三浦一族は5代執権・北条時頼の時代に、北条家に破れて滅亡します。ちょうど法華堂のある場所で一族自刃したとか。

そんなちょっと怖いエピソードがあっても無くても、苔むした場所や、草木に覆われた場所にある「やぐら」が私はどうも苦手です。もちろん悪いものじゃないんだけど、どうも直視できません。

この日は土曜日で、私以外にも2組の墓マイラーがいたのでよかったですが、これで他に誰もいなかったら、ちょっとキツかったなぁと思いました。

有名観光スポット、源頼朝の墓。

お次は、超有名観光スポット「源頼朝の墓」。以前、人力車の有風亭さんに、息子と一緒に乗せて来ていただいたのですが、その時は階段の下からお参りしただけでした。今回は私ひとりで身軽なので、念願叶って階段の上まで行ってお参りして来ました。

場所は、北条義時のお墓よりも100mほど鶴岡八幡宮寄りの場所。すぐそばには、源氏の旗がパタパタとひるがえる白旗神社と、ちょっとした遊具のある公園(その名も「よりとも児童公園」)があり、北条義時の墓と比べると、かなり明るい雰囲気です。これなら1人で来ても全然怖くない。ちなみに春は桜がキレイです。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

頼朝の墓の入口。白旗神社と公園があり、明るい雰囲気。

こちらもお墓にたどり着くには、石段を登る必要があります。新しいしっかりとした石段なので、安心感を持って登れます。しかも源氏の家紋がデザインされた、立派な手すりまで付いています。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

急な石段だが、手すり完備で安心感がある。

急な階段ではありますが、参拝客が多いためか、落ち葉もほとんど落ちていませんし、パパが頑張れば、赤ちゃんを抱っこ紐で抱えた状態でも登り降りができそうです(さすがに雨の日は厳しそうですが)。私が行った時も、うちの子(1歳)と同じくらいのサイズ感の赤ちゃんを連れたファミリーが参拝に来られていました。

階段を登ってすぐの場所に、五重の塔の形をした墓石があります。北条義時の墓と同様に、鎌倉市教育委員会の案内板も設置されています。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

源頼朝の墓。

案内板によると、元々この場所にあった頼朝の法華堂(霊廟)は、のちの時代の武士達からもあつい信仰をあつめ、鎌倉幕府滅亡後も法華堂は存続していたそうです。17世紀の初頭までには法華堂の建物はなくなり、石造りの墓塔が建てられました。

現在の墓域は、1700年代後期に、当時の薩摩藩主(島津氏)によって整備されました。

北条義時の墓の上にあった、薩摩藩の祖・島津忠久の墓も、この時に一緒に修造されたそうです。島津氏は頼朝とのつながりをとても重視しており、頼朝の墓を整備することと島津忠久の墓を修造することによって、彼らのつながりを強調する目的があったようです。

ちょうど同じ時代に、長州藩による大江広元と毛利季光の墓の整備も行われました。頼朝が幕府を開くのを助けた藩祖・大江広元らの功績をアピールするのが目的だったようです。

鎌倉幕府滅亡後も、武士たちにとって、武家政権の祖である頼朝や鎌倉とのつながりはとても重要なものだったんですね。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

毛利氏の家紋が刻まれた石灯籠(北条義時法華堂跡入口)

長州と薩摩は、藩祖の功績や頼朝とのつながりを積極的にPRした甲斐もあってか、藩の立て直し・パワーアップに成功。のちの明治維新の時に台頭してくるわけです。鎌倉幕府の影響力ハンパない。

ちなみに、源頼朝は1199年に53歳で亡くなるのですが、落馬が原因と言われています。で、頼朝が落馬した場所というのが、藤沢市の辻堂(テラスモール湘南の線路を挟んだ反対側)にあります。

アクセス方法について

「北条義時の墓」と「源頼朝の墓」は、鶴岡八幡宮の東鳥居からおよそ650mの場所にあります。電車の場合は、鎌倉駅東口から、およそ1.5キロ。平坦な道のりですし、若宮大路沿いのお店などを覗きながら歩けば、そんなに遠くは感じられません。

車の場合は、鶴岡八幡宮周辺に有料駐車場が数軒ありますが、「北条義時の墓」と「源頼朝の墓」から最も近く、そこそこ広さもある駐車場は「タイムズ鎌倉西御門」(鎌倉市西御門2-1-11)です。料金は、土日祝日30分330円、平日30分220円です。

おわりに

いかがでしたでしょうか。この記事を書いている時点で『鎌倉殿の13人』の放送開始は1年以上先なのですが、せっかくご近所に住んでいることですし、またドラマの情報が出て来次第、ゆかりの地を訪ねてみたいと思います。

ちなみに、「北条義時の墓」と「源頼朝」の墓からおよそ650メートルの場所には、白萩寺として有名な「宝戒寺」があります。宝戒寺は、1333年の北条氏滅亡後に、その霊を弔うために後醍醐天皇の命によって建立されました。

<img src=“nhk kamakura13.jpg" alt=“鎌倉殿の13人"/>

宝戒寺。歴代執権の屋敷跡地で、9月頃には境内に白い萩が咲く。

宝戒寺のある場所は、かつて北条氏歴代執権屋敷があった場所です。お寺自体はドラマよりも後の時代のものですが、こちらも執権・北条氏のゆかりの地です。

こじんまりとした、優しい雰囲気のお寺で、御本尊は子育てのお地蔵様です。四季の花々が美しい境内には、ベビーカーで入ることができます。

境内の木から採れた「無患子(ムクロジ)=子が患わない」のお守り「無患子守り」(700円)がかわいくてオススメです。好きな色のお守り袋と無患子の実が選べるので、参拝の思い出の品としてぴったりです。

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